
高崎だるまの眉毛とひげに込められた意味について
高崎だるまの眉毛とひげに込められた意味について

球に近い形状の赤色の胴体にくぼんだ白い顔がついており、そこに「豪快な髭と眉毛」が描かれています。
この眉毛のように見えるものは「鶴」をあらわし、髭のように見えるものは「亀」をあらわしています。
「鶴」は「健康祈願」や「長寿祈願」や「戦勝祈願」のシンボル
「亀」の寿命は他の動物に比べて長いことから「不老長寿のシンボル」と言われておりますが、
甲羅に刻まれた六角形の模様は、幸運と財運を別の世界から運んでくる証しとも言われ、実は「金運アップのシンボル」でもあります。
特注の名入れについて
衣服には金色の縦縞が描かれ、「正面中央」や「顔の左右」には文字が記入される。
特注でここに祈願内容など独自の文字を入れることもでき、祈願のシンボルや祝儀の贈物として広く利用されています。
高崎だるまの始まり
始まりは、延宝5(1667)年に東皐心越禅師が開山した禅宗の一派である黄檗宗の少林山達磨寺で、毎年正月に心越禅師の描いた一筆達磨の座禅像を配り札としていたことによります。
その後、文化年間に達磨寺の近隣の上豊岡の山県朋五郎が
「達磨寺九代目住職の東獄和尚に木型を彫ってもらい和紙を張って作ったのが、高崎だるまの始まり」
とされています。
高崎は、冬に風が強く乾燥する気候がだるま作りに適しており、「農閑期の副業」として盛んに行われるようになりました。
願掛けの縁起物になった歴史
だるまは、禅宗の開祖である人物、「達磨大師」が座禅を組む姿をかたどったものです。
江戸時代頃から「起き上がり小法師」とも呼ばれ、「何度倒れても起き上がる」ことから願いを託す願掛けの縁起物になっていきました。
だるまの置物の主流が赤色になった歴史
インドのような暑い国では、日差しを避けるために頭からずっぽり布をかぶります。それと、赤い色は仏教では位の高い人の印になります。
そのため描かれる達磨大師は、赤い布(法衣)を頭からかぶっているのです。
縁起物のだるまは、
「赤い法衣を身にまとった達磨大師の座禅姿」と、
「江戸時代、庶民の間に禅宗が普及したこと」と、
江戸時代当時の恐ろしい流行病であった「疱瘡(天然痘の俗称)」や「はしか」などに赤ちゃんが掛からないようにとの
「魔除けの意味が結びついたこと」で、赤く塗られ、
広がっていきました。
「開運だるま大百科」より
















































































