
高崎だるまとは何かについて
高崎だるまとは何か
高崎だるまとは
「群馬県高崎市で生産されているだるま」
のことです。
「上州だるま」とも呼ばれているが公式名称ではありません(高崎だるまが地域団体商標に登録されています)。
全国生産の80%に匹敵する年間170万個が生産されています。
高崎だるまの始まりについて
始まりは、延宝5(1667)年に東皐心越禅師が開山した禅宗の一派である黄檗宗の少林山達磨寺で、毎年正月に心越禅師の描いた一筆達磨の座禅像を配り札としていたことによります。
その後、文化年間に達磨寺の近隣の上豊岡の山県朋五郎が
「達磨寺九代目住職の東獄和尚に木型を彫ってもらい和紙を張って作ったのが、高崎だるまの始まり」
とされています。
願掛けの縁起物になった歴史
だるまは、禅宗の開祖である人物、「達磨大師」が座禅を組む姿をかたどったものです。
江戸時代頃から「起き上がり小法師」とも呼ばれ、「何度倒れても起き上がる」ことから願いを託す願掛けの縁起物になっていきました。
だるまの置物が赤い理由について
インドのような暑い国では、日差しを避けるために頭からずっぽり布をかぶります。それと、赤い色は仏教では位の高い人の印になります。
そのため描かれる達磨大師は、赤い布(法衣)を頭からかぶっているのです。
縁起物のだるまは、
「赤い法衣を身にまとった達磨大師の座禅姿」と、
「江戸時代、庶民の間に禅宗が普及したこと」と、
江戸時代当時の恐ろしい流行病であった「疱瘡(天然痘の俗称)」や「はしか」などに赤ちゃんが掛からないようにとの
「魔除けの意味が結びついたこと」で、赤く塗られ、
広がっていきました。
高崎だるまの特徴や名入れについて

球に近い形状の赤色の胴体にくぼんだ白い顔がついており、そこに「豪快な髭と眉毛」が描かれています。
この「髭と眉毛は鶴と亀をあらわす」といいます。
衣服には金色の縦縞が描かれ、「正面中央」や「顔の左右」には文字が記入される。
特注でここに祈願内容など独自の文字を入れることもでき、祈願のシンボルや祝儀の贈物として広く利用されています。
















































































